オランダ総選挙2025のガイド ― 注目争点は住宅危機、移民政策、医療費と日本との制度比較

2025年10月、オランダでは新たな国会(下院=Tweede Kamer)を選出する総選挙が実施される。今回の選挙は、極右政党PVV(自由党)が連立から離脱し、ショーフ内閣(Schoof I)が崩壊したことを受けて行われる「解散・総選挙」である。主要政党の間では、住宅危機、移民政策、医療費の3つが最大の争点となっている。

ウィルダースとPVV ― 「反イスラム」と「庶民保護」を掲げる極右の矛盾

PVV(Partij voor de Vrijheid=自由党)は、2006年にゲルト・ウィルダース(Geert Wilders)によって設立された政党である。ウィルダースは、長年にわたりオランダ政界で最も物議を醸す人物の一人であり、強硬な反イスラム政策を掲げることで知られている。

彼はイスラム教を「全体主義イデオロギー」と呼び、モスクの建設禁止やコーランの禁止、イスラム移民の受け入れ停止などを主張してきた。そのため、世界的には極右・排外主義的政治家として位置づけられているが、近年は社会保障や医療費削減反対など「庶民の味方」としての側面も強調している。

今回の選挙では、ウィルダース率いるPVVが再び台風の目となっており、世論調査ではトップ争いを繰り広げている。彼の強みは、移民問題への強硬姿勢と、長年の政治経験による「発言の一貫性」である。過去には他党から「連立不可能」と見なされてきたが、2024年末以降、NSCやBBBなど一部保守政党が条件付きで連立協議に応じる姿勢を見せており、ウィルダースが首相に就任する可能性も現実味を帯びてきている。

彼はまた、EU懐疑派としても知られ、EUからの主権回復やブリュッセルへの拠出金削減を訴えている。ただし、近年は完全な「Nexit(オランダのEU離脱)」を前面に出すことは避け、現実的な保守政策に重点を移している。


住宅危機 ― 国民の半数が「住宅ストレス」

住宅価格の上昇と賃貸住宅不足が続き、オランダの住宅危機は深刻である。現在、国内で約40万戸の住宅が不足しており、過去の政府目標も未達に終わっている。

左派政党(GroenLinks-PvdA、D66、Denk、Volt、PvdD、SPなど)は、住宅建設資金を確保するために「住宅ローン控除(mortgage interest deduction)」を段階的に廃止する方針を掲げる。一方で、PVV、BBB、NSC、FvDなど保守系は控除維持を主張しており、VVDのイェシルホズ党首は「控除を廃止する連立には加わらない」とまで発言している。

また、農地や空港用地の転用、新都市の建設、都市部での再開発促進なども議論されている。左派中道勢力(GL-PvdA、NSC、D66、CU、Volt)は、住宅協会の法人税減免や規制緩和を通じて建設を加速させる提案をしている。


移民政策 ― 規制強化をめぐる対立

すべての政党が「移民をより厳しく管理する必要がある」と認めているが、そのアプローチには大きな差がある。PVV、VVD、JA21は難民受け入れの制限を強化し、亡命申請を厳格化する方針を掲げている。とりわけウィルダース率いるPVVは、難民センター閉鎖や二重国籍の禁止、さらには「オランダ人第一主義(Dutch-first)」を前面に打ち出しており、国際社会からも注目を集めている。

一方、GL-PvdAやD66は、移民労働者の搾取防止や労働環境改善を重視している。GL-PvdAは年間移民数を4〜6万人に抑える一方で、労働者の賃金引き上げを提案している。


医療費 ― 自己負担と保険制度の行方

オランダでは、全国民が加入する「基本医療保険制度(basisverzekering)」が存在し、自己負担額(eigen risico)は年間385ユーロに設定されている。前政権はこれを半減する計画を持っていたが、政変により見直される可能性が高い。

GL-PvdAとSPは自己負担額の廃止を主張し、VVDは逆に440ユーロへの引き上げを提案している。また、D66やCU、SGPなどの政党は「基本医療パッケージを凍結」し、新薬や新治療の追加を制限する方針である。これに対し、左派勢力は「カットに反対」として医療費上昇も受け入れる構えである。


議席予測と主要政党

オランダの議会(Tweede Kamer)は全150議席であり、過半数は76議席である。しかし、単独過半数を獲得した政党は1894年以来存在しない。そのため、比例代表制の下では必ず連立政権が形成される。

現在の世論調査(Ipsos I&O)では、有権者の半数以上がまだ投票先を決めていないとされる。10月時点で有力とされる政党は以下の通りである。

  • PVV(自由党)― ゲルト・ウィルダース
  • CDA(キリスト教民主アピール)― ヘンリ・ボンテンバル
  • GL-PvdA(緑の左派・労働党連合)― フランス・ティマーマンス
  • D66(民主66)― ロブ・イェッテン
  • VVD(自由民主党)― ディラン・イェシルホズ
  • BBB(農民市民運動)― カロライン・ファン・デル・プラス
  • その他:SP、Volt、JA21、CU、SGP、NSCなど

現在のところ、首位争いはPVV、CDA、GL-PvdAの三つ巴となっている。ウィルダースが連立の中心に立つかどうかは、他党の歩み寄りにかかっている。


投票資格と選挙制度

オランダの総選挙ではオランダ国籍を持つ者のみが投票できる。永住者や滞在許可を持つ外国人には選挙権がない(地方選挙では一部例外あり)。国外在住のオランダ人も郵送または代理投票で参加可能である。


オランダの議会制度と連立形成

選挙は2025年10月29日(水)に実施され、翌日30日までに開票が進む見込みである。得票数の多い政党が連立協議の主導権を握るが、政権合意には数カ月を要することが多い。前回の政府は結成までに8か月を要し、その後わずか11か月で崩壊している。


日本との選挙制度の違い

オランダの国政選挙は完全比例代表制で行われ、全国単一の選挙区から得票率に応じて150議席が配分される。1票の重みがほぼ均等であり、小政党でも一定の支持を得れば議席を獲得できる。これにより、多党連立が常態化している。

一方、日本の衆議院選挙は小選挙区比例代表並立制であり、289の小選挙区と176の比例代表ブロックを組み合わせて計465議席が割り振られている。小選挙区制では「勝者総取り」となるため、与党が圧倒的多数を得やすく、連立協議は比較的短期間で済む。

また、オランダでは解散権が国王ではなく内閣(首相)によって政治的に判断される点、日本では衆議院の解散を首相が天皇の国事行為として行う点も異なる。

オランダの選挙は一見複雑で時間がかかるが、比例代表制により多様な意見が国政に反映される仕組みである。一方の日本は安定した多数派形成が容易であるが、少数意見が国政から排除されやすい構造となっている。


オランダの2025年総選挙は、ウィルダースという象徴的な存在を中心に、オランダ社会の方向性を決定づける重要な転換点となる。彼が掲げる「オランダ人のための政治」が多数派の支持を得るのか、それとも多様性を重視する中道左派が巻き返すのか、ヨーロッパ中が注目している。

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