オランダの市場を歩いていると、魚を尻尾で持ち上げ、口を大きく開けてそのまま丸ごと食べている人を見かけたことがあるかもしれない。それは間違いなく、オランダの伝統的なスナック・ハーリング「ニシン(haring)」である。なぜオランダ人はこんなにもニシンを食べるのか? そして、どこで美味しいニシンを味わえるのか? なぜ国民食でありその魅力とは?!
北海の恵み、ニシンとは
ニシンは中世以来、オランダの経済を支えてきた重要な海産物。浅瀬に大群で回遊する習性があり、北海はニシンにとって理想的な環境である。
もともとは燻製や塩漬けで保存していたが、14世紀からは酢とハーブ、スパイスを使った保存法が登場。これがオランダで人気となり、現在まで根強く愛され続けている。
実は「生」ではない?
「オランダ人は生魚を食べる」と思っている人も多いが、実際には生ではない。ニシンは「ギビング(gibbing)」という工程を経て処理される。
内臓の一部を残して塩漬けし、最低24時間冷凍保存。これは寄生虫を防ぐため。膵臓や肝臓を残すことで、酵素が魚の旨味を引き出す。伝統的にはオーク樽で数日間漬け込まれる。つまり、オランダのニシンは「生風味」だが、しっかり処理された食品である。
どこで買える?オランダのニシン。開催中の大阪万博でも買える。
オランダでは一年中、魚屋や屋台でニシンが売られている。中でも「ホランセ・ニューウェ(Hollandse Nieuwe)」と呼ばれる高品質のニシンが人気だ。

観光客より地元の人が並んでいる店を選ぶのが鉄則。注文を受けてから皮や骨を取り除く店は特におすすめ。少し待たされるが、その分鮮度と味は抜群である。
また現在開催中の大阪万博のオランダ館でもこのオランダの国民食を味わい体験するすることができる。ハーリング(税込・800円)、またはパンにハーリングを挟んだサンドイッチ(税込・650円)が提供されている。
ニシンの味とベストシーズン
ニシンの味は季節によって大きく変わる。冬には脂肪分が減り、風味もあっさりする。
最も美味しいのは6〜7月。ちょうど「ホランセ・ニューウェ」として出回る時期で、脂が乗った旬の味が楽しめる。
ニシンの食べ方いろいろ
ニシンの食べ方は実にユニーク。定番は尻尾を持って空中から口へ放り込むスタイル。見た目は派手だが、地元の人々にとっては普通の光景だ。

他にも、魚の独特の臭いを消す為、刻んだタマネギやピクルスを添えて、トレイに乗せてフォークで食べる方法もある。「ブローチェ・ハーリング(broodje haring)」と呼ばれるサンドイッチにすることもできる。
また、「ロルモップ(rolmops)」と呼ばれる、フィレを巻いてピクルスを挟み、楊枝で留めたスタイルも存在する。名前はドイツ語由来だが、オランダでも一般的に使われている。
カーニバル後にニシンを食べられる理由
ニシンを食べる習慣は通年あるが、特に食べられる時期がある。その一つがカーニバルの後。
カーニバルは復活祭前の断食(四旬節)の始まりを意味する。キリスト教徒はこの期間、肉類を控えるが、魚や卵、乳製品はOK。だからこそ、ニシンが重要なタンパク源となった背景がある。
旗の日(フラッヘンターッハ)と初物ニシン
「旗の日(Vlaggetjesdag)」は、ハーグ近郊のスヘフェニンゲンで毎年6月初旬に開催される大イベント。最初に水揚げされた「ホランセ・ニューウェ」が岸に届き、多くの人が試食に訪れる。

この日には、船にオランダ国旗が掲げられ、初物の樽がチャリティーオークションに出品される。2020年にはコロナ対応の医療従事者にニシンが寄贈されたこともある。
港には音楽、子ども向けの伝統遊び、行進バンド、昔ながらの職人技の実演もあり、天気さえ良ければまさに理想的なオランダ的休日が過ごせる。
すべてのニシンが「ホランセ・ニューウェ」と名乗れるわけではない。脂肪分が16%以上あり、伝統的な方法で処理されたものに限られる。
さらに、正式にこの名前を名乗れるのは、旗の日以降に販売されるもののみ。基準を満たさずにこの名を使った業者には、高額の罰金が科せられることもある。
ニシンは「好きか嫌いか」がはっきり分かれる食べ物。でも食べてみなければわからない。ぜひ一度試してみてほしいオランダの国民食。